ONGAKU HIHYO NOTE

「ミューズ」と呼ばれる者の反乱

音楽批評ノートBUBBLEGUMVOL.526

「未来ノイヴァ」/PSGOZ

「ミューズ」と呼ばれる者の反乱

誰かのインスピレーション源として消費されることを拒み、自ら踊り出す。この曲はそういう宣言だ。電子の光の粒が降り注ぐような音像の中で、恋愛の駆け引きと自己肯定が高速で絡み合い、聴き手を有無を言わさず前へ引っ張っていく。

ピコピコと細かく跳ねる電子音のアルペジオが耳に飛び込んだ瞬間、リスナーはどこか別の次元へ連れ去られる。チップチューン的なサウンドデザインとフューチャーベース的な音像の広がりが共存し、Perfumeが2000年代後半に提示した「人工的な温かさ」の系譜を引き継ぎながらも、よりカラフルで軽やかな質感に仕上がっている。クリアに処理された低音が全体を支え、オートチューンが施されたボーカルは機械的な冷たさではなく、むしろ透明な高揚感を帯びる。「Yeah Yeah」というボーカルサンプルの反復から始まる立ち上がりは短く鋭く、聴き手に準備を与えないまま世界観の中心へと放り込む。疾走感のある縦の推進力と、左右に広がる音の空間的豊かさが同時に存在し、ヘッドフォンで聴けばその三次元的な音像がより際立つ。

この曲の面白さは、恋愛の駆け引きをテーマにしながら、どこにも傷つきを見せない点にある。「私に嘘ついてるでしょ」という問いかけは糾弾でも嘆きでもなく、むしろゲームの台詞のように軽やかに投げられる。相手の下心を見透かしながらも動じない、その種の強さはKero Kero Bonitoが持つユーモラスで超然とした世界観と少し重なる。泣くことも怒ることも選ばず、ただ高速で走り続けることで感情を昇華する、そういう処理の仕方をこの曲はしている。弱さを見せないことが強さなのか、あるいは走ることをやめれば感情が追いついてしまうから走り続けるのか。そういう問いを曲は投げかけたまま、立ち止まってくれない。

「私のミューズ」という言葉の捩れに、この曲の核心がある。本来ミューズとは他者の創造を触発する存在を指す。だが、この曲のなかでその言葉は自分のものとして奪還される。誰かのインスピレーション源として消費されるのではなく、自分自身のために歌い、踊り、走る宣言として機能している。Porter Robinsonが2014年の『Worlds』でエレクトロニックミュージックに個人的な物語性を持ち込んだように、この曲もポップの文法の内側で「自分の物語は自分で書く」という主張を遂行している。タイトルに刻まれた「ノイヴァ」というポルトガル語の響き——花嫁、あるいは新しい何か——が、そのメッセージに静かな奥行きを与えている。

「憧れたこと諦めなかったら叶うよ」というフレーズをそのまま受け取ると、古典的な自己啓発の言葉に聞こえる。だが文脈を追うと、直後に「そうね全然無理かな」と自分で揺り戻す。この自己ツッコミの速度が重要で、肯定と疑念をコンマ数秒で往復することで、ナイーブな楽観主義ではなく、現実を知ったうえでなおポジティブであろうとする意志の表れになっている。夢を信じると公言することへの照れとリアリズムを同時に抱える、そういう感覚は多くの聴き手の心の地形と一致するはずだ。深夜に一人でヘッドフォンをつけた誰かが、この曲に「わかる」とつぶやく光景が目に浮かぶ。

「未来ノイヴァ」という言葉の組み合わせは、まだ輪郭のない何かへの予感を指しているように思える。この曲は答えを持っていない。恋はうまくいくのか、夢は叶うのか、相手は嘘をついているのか、何も解決されないまま高速で終わっていく。それでも聴き終えた後に残るのは充足感であり、妙な勇気だ。音楽が問いを立てたまま走り抜けること、その潔さこそがこの曲の強度を生んでいる。ゴールを見せずに走らせることが、時として最も人を遠くへ連れていく。

LISTENERS

この曲が刺さる
3人の架空リスナー

あなたの曲は、こういう人に届きうる。

#1

橘 咲良(たちばな さくら)

22歳・服飾専門学校生

課題のデザイン画を夜中まで描いていて、ふとSpotifyの自動再生でこの曲が流れてきた。最近イヤホンの左耳が断線しかけているのに買い替えるお金を惜しんで右耳だけで聴いている。それでも、高速でジャンプするメロディが部屋の空気を変えた気がして、気づいたら三回リピートしていた。好きな子に告白するかどうかずっと迷っているが、この曲を聴いてから「どうにかなるかな」と思うようになった。

好きなアーティスト
きゃりーぱみゅぱみゅ / YOASOBI / Perfume / Ado / TWICE
普段見るメディア
VOGUE JAPAN(Web版) / NHK FM「今日は一日○○三昧」 / YouTube・ぷろたんの動画 / X(トレンドとファッションアカウント中心)
好きなコンテンツ
鬼滅の刃 / 映画『花束みたいな恋をした』 / 少女漫画『ストロボ・エッジ』 / あつまれ どうぶつの森

この曲は、彼女にとって「迷ってる間にも時間は進んでる」と教えてくれるアラームだ。プレイリスト名は「踏み出す前の5秒間」。

#2

成田 悠樹(なりた ゆうき)

28歳・ITベンチャー・UIデザイナー

深夜のスーパーで買ってきたカップ麺を食べながら、仕事用のモニターでYouTubeのMVを漫然と眺めていたらサジェストされてきた。コンビニ寄った帰りに駐車場でエンジン切るのを忘れたまま、この曲のサビだけ三回聴いてから家に入った。ゲームのBGMかと思うような疾走感に、最近停滞気味だった気分が少し動いた感じがした。

好きなアーティスト
Porter Robinson / Kero Kero Bonito / King Gnu / やしきたかじん(リバイバルで最近ハマった) / CHAI
普段見るメディア
WIRED Japan(Web版) / ゆる言語学ラジオ(Podcast) / YouTube・Kurzgesagt / ファミ通Web
好きなコンテンツ
映画『her/世界でひとつの彼女』 / 漫画『チェンソーマン』 / ゲーム『ニーア オートマタ』 / 小説『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』

この曲は、デザインの行き詰まりを打ち破る「リセットボタン」みたいなものだ。プレイリスト名は「深夜の再起動」。

#3

村瀬 里奈(むらせ りな)

35歳・フリーランス・Webライター

保育園のお迎えを終えて小学生の娘を寝かしつけた後、デスクのモニターを暗くしてヘッドフォンで音楽を探していた夜にたどり着いた。締め切り前にかかわらずついスマホで別の曲へ飛んでしまう癖があるのに、この曲だけはなぜか最後まで聴き終えてしまった。歌詞の「諦めなかったら」というフレーズに、廃業寸前まで追い込まれた二年前の自分を重ねた。

好きなアーティスト
中島みゆき / スピッツ / YOASOBI / iri / Perfume
普段見るメディア
NHKラジオ第1「らじるらじる」 / cakes(閉刊前からのファン) / YouTube・みんなの歌(子供と一緒に) / Spotify(Daily Mix中心)
好きなコンテンツ
映画『マイ・インターン』 / Netflix『ストレンジャー・シングス』 / 漫画『ハチミツとクローバー』 / 小説『対岸の彼女』

この曲は、仕事と育児のはざまで「私はまだここにいる」と確かめるための呪文だ。プレイリスト名は「まだ終わってない夜」。

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