ONGAKU HIHYO NOTE

別れ際のモダン焼き、それでも愛は温かい

音楽批評ノートMIDNIGHTVOL.420

Good Bye! また逢う日までezo-momo

別れ際のモダン焼き、それでも愛は温かい

切なさと温もりが同居する、ありそうでなかった別れの歌。スムースR&Bの文法で紡がれた郷愁は、失恋ソングの文脈をするりと外れて、もっと日常の深いところへと着地する。最後に笑いを仕込む構造が、かえって切なさを増幅させるという逆説。

ハミングから始まる楽曲というのは、どこか子守唄に近い効能がある。「Good Bye! また逢う日まで」はその静かな滑り出しから、滑らかなフレットレス系のベースラインが温かく絡まり、タイトでありながら人間的な揺らぎを宿したビートが穏やかに心拍と同期してくる。ジャンルとしてはスムースR&Bとシティポップの交差点に立ち、CHEMISTRYや久保田利伸が日本に根付かせた都市型ソウルの系譜を色濃く引き継ぐ。クリーントーンのアルペジオとシンセパッドが音の奥行きを作り、ボーカルは息遣いまで伝わるような近さで、ファルセットを要所に交えながら言葉の一つ一つを丁寧に手渡してくる。洗練されたハイファイなプロダクションが全体を包んでいるが、その精緻さは冷たさに転ばず、終始どこか肌の温度を保っている。

この曲の核にあるのは「記憶の物質化」という詩的戦略だと思う。愛した人の輪郭を、視覚でも聴覚でもなく、触れた肌の温もりや、漂ってきた香りで刻もうとする。感情は抽象になるほど揮発しやすい。だからこそ、この曲は匂いと温度という最も原始的な感覚を錨にして、別れを「思い出す」行為ではなく「体が覚えている」次元へと押し込もうとする。1990年代後半のR&B語法、たとえばEric Benétが得意とした官能と哀愁の同居が、この楽曲にはJ-Pop的な湿度を纏って息づいている。肉体の記憶に根ざした愛の歌は、切なさに明確な住所を与える。

そうして感情の密度を高め続けた末に、曲は「モダン焼き」で着地する。これを笑うのは、おそらく間違った聴き方だ。愛するということは、その人が纏うすべてのディテールを愛するということであって、恋愛映画的な美しい場面だけを切り取るものではない。鉄板の上で焼き上がるソースの香り、丸く笑う顔、そういったどうしようもなく日常的なものが、失った時に最も深く刺さる。この曲が最後にその「どうしようもなさ」を差し出す構造は、むしろ非常に誠実な別れの文法だと感じる。感傷を美しく整えることを拒んで、現実の手触りのまま差し出すことで、普遍的な喪失感が生まれる。

架空の場面を想像するなら、夜の阪神高速、淀川沿いを走る車の窓から灯りが流れていくシーン。助手席は空っぽで、カーステレオからこの曲が流れている。スクリーンのない映画の、音楽だけで成立するシーンだ。あるいは、一人暮らしの台所で食パンをトースターに放り込みながら、ふとこの曲が流れてきて、手が止まる瞬間。大仰な別れではなく、日常の隙間にひっそりと居座る喪失感。平井堅が長年描いてきたようなロングトーンの孤独とも、また少し異なる質感がある。この曲の孤独はもっと腹が減っていて、もっと体臭がある。

「Good Bye」と「また逢う日まで」が並走するタイトル自体が、この曲の本質を正直に告げている。別れを告げながら、再会を信じることをやめない。その矛盾を矛盾のまま抱えて歌い続けることの、なんという誠実さか。R&Bというジャンルは元来、言葉にならない感情を声と体で直接届けることを得意としてきた。この楽曲はその力を借りながら、モダン焼きという最も庶民的な食べ物を愛の証として提出する。聴き手が笑ってしまうか泣いてしまうかは、その人の経験の深さに委ねられている。「また逢う日まで」という言葉が、信じられない人には届かない。信じている人にだけ、刺さる。

LISTENERS

この曲が刺さる
3人の架空リスナー

あなたの曲は、こういう人に届きうる。

#1

橋本 雄介(はしもと ゆうすけ)

38歳・食品メーカー営業職

月曜の朝、得意先への訪問前に一時間ほど車の中で時間を潰すことがある。コンビニのコーヒーを助手席に置いて、エンジンはかけたまま、Spotifyをなんとなく流す。そのおすすめ再生で出てきたのがこの曲だった。最初は聞き流していたのに、モダン焼きで噴き出してしまい、そのまま最初から聴き直した。大学時代に付き合っていた関西出身の彼女のことを、久しぶりに思い出した。

好きなアーティスト
久保田利伸 / CHEMISTRY / 平井堅 / Official髭男dism / SWV
普段見るメディア
Spotify Daily Mix / ABCラジオ(おはようパーソナリティ道上洋三です) / ライフハッカー日本版 / YouTube・ゆる言語学ラジオ
好きなコンテンツ
『孤独のグルメ』 / 『水曜どうでしょう』 / 『SLAM DUNK』(新装再編版) / Netflix『全裸監督』

この曲は彼にとって、青春の最後の形見みたいなものだ。プレイリスト名は「月曜の朝、コンビニコーヒーと」。

#2

田中 麻里(たなか まり)

29歳・美容師

シャンプーの香りが服に染みついたまま帰る夜が週に三回はある。閉店後の片付けを終えて、最寄り駅まで自転車を漕ぐ15分、イヤホンが片耳からよく落ちる。ある夜、X(旧Twitterではなく今やXと呼ぶのにまだ慣れない)で流れてきたショート動画で冒頭のハミングを聴き、なんとなくフル再生した。最後の歌詞で思わず声を出して笑って、それから泣きそうになった。去年遠距離になった恋人のことを、泣くほど恋しいわけでも、忘れたいわけでもないという、ちょうどその感覚にぴったり来た。

好きなアーティスト
宇多田ヒカル / YOASOBI / Destiny's Child / Awich / 大橋トリオ
普段見るメディア
Spotify / CINRA(シンラ) / NHKラジオ第1・らじるらじる / VOGUE JAPAN Web
好きなコンテンツ
『花束みたいな恋をした』 / 『ハチミツとクローバー』 / Netflix『ブリジャートン家』 / 『スラムダンク』(映画版)

この曲は彼女にとって「泣かずに済む失恋ソング」だ。プレイリスト名は「帰り道、片耳イヤホン」。

#3

松本 剛(まつもと たけし)

52歳・中学校音楽教師

採点を終えた夜遅く、職員室の灯りを自分一人だけ残して作業することが月に何度かある。充電しながらスマホで音楽を流す習慣があって、YouTubeのオートプレイに任せていたらこの曲が流れてきた。最初は仕事の手を動かしながら聞いていたのに、モダン焼きのくだりで思わず手が止まり、天井を向いて笑った。30年前に大阪で初任校に赴任した年の記憶がなぜか蘇った。当時よく通った食堂の鉄板の匂いと、自分の若さの焦りを思い出した。

好きなアーティスト
山下達郎 / 今井美樹 / Stevie Wonder / King Gnu / 玉置浩二
普段見るメディア
NHK FM(ミュージックライン) / ラジオ深夜便 / 朝日新聞デジタル / YouTube・夜の音楽堂チャンネル
好きなコンテンツ
『北の国から』 / 『三丁目の夕日』 / 『ピアノの森』(漫画) / 映画『ドライブ・マイ・カー』

この曲は彼にとって、若さへの後悔ではなく、若さへの赦しみたいなものだ。プレイリスト名は「夜の職員室、充電しながら」。

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