ONGAKU HIHYO NOTE

月と嘘と、朝へ渡る者たちへ

音楽批評ノートMIDNIGHTVOL.370

Dexter Head

月と嘘と、朝へ渡る者たちへ

「また会えなかった」という言い訳めいた呟きが、気づけば胸の奥で反響し続けている。Dexter Headの「月」は、諦めと憧れが同じ体温で共存する、稀有な一曲だ。月を見上げる行為の持つ普遍的な孤独を、粗削りなバンドサウンドで鮮やかに切り取ってみせる。

歪んだギターのリフが鳴り出した瞬間、空気の質が変わる。Dexter Headの「月」は、エレクトリックギター、ベース、ドラムという純粋なバンド編成を武器に、ローファイ寄りのプロダクションの中に生々しい熱量を閉じ込めた一曲だ。シンセやストリングスといった装飾を一切排した音像は、左右にほどよく広がりながらも常に骨格を剥き出しにしており、クリーンなアルペジオと歪んだリフが交互に楽曲に表情を与えていく。テンポは疾走感を持ちながらも重心があり、ドラムのアグレッシブなフィルインがグルーヴに躍動を加える。ボーカルは適度なリバーブをまとい、過剰な加工のないストレートな情熱で言葉を投げつけてくる。2000年代のJ-Rockが育てたエモ・オルタナの語法を下敷きにしながら、そこに素朴な誠実さを塗り重ねた一枚だ。

この曲が誘う情景は、夜道の孤独だ。「また会えなかった」という言葉は、恋の台詞である前に、月という天体に向けられた独り言として聴こえてくる。曇り空に阻まれ、タイミングを逃し続けるその反復は、恋愛の不条理というよりも、もっと根源的な——人が何かを美しいと認めながらも、その美しさに本当には触れられないという普遍的な疎外感を映し出している。ASIAN KUNG-FU GENERATIONが2000年代に示した「感情の言語化できなさをロックで叫ぶ」という姿勢を思い出すが、この曲はそこからさらに内側に折り畳まれ、怒号よりも呟きを選んでいる。その選択が、かえって深く刺さる。

歌詞の中に、批評者として見逃せない一行がある。「綺麗という言葉で遠回りするやつがいる」——これは他者への皮肉であると同時に、語り手自身へのブーメランだ。ロマンティシズムを笑いながら、月を見上げて「少しだけ長く歩いてみる」のは自分自身なのだから。The Pilllowsが長年描き続けた「不器用な者の自己認識」と同じ磁場にこの曲は存在している。笑われると知りながら月を愛でることをやめられない人間の滑稽さと誇り——その両方を抱えたまま「ビルの隙間を縫って明日へ渡る」という動詞の力強さが、この曲のもっとも正直な瞬間だと思う。

Jimmy Eat Worldが1999年から2001年にかけて磨き上げた「エモの文法」——キャッチーなメロディと剥き出しの感情の合体——を、この曲は日本語という器に移し替えて継承している。だが単なる翻訳ではない。「ロマンチストの愛を求めて歌うわけじゃない、いつかの君に見とれてたから、それだけだよ」という断言は、どんな美学的修辞も退けた末の素の告白であり、その潔さはむしろ日本語のロックが積み重ねてきた「照れながら本音を言う」伝統に深く根ざしている。月という題材が持つ文学的含意——古今東西の詩人が月に何かを仮託してきた歴史——を、この曲は一切重荷にせず、ただ「会えなかった」という事実の傍らに静かに置く。

Dexter Headがこの曲で選んだのは、解決ではなく持続だ。月に会えないまま夜が明け、また次の夜に期待を繋ぎ直す——その無限ループは絶望でも希望でもなく、生きることそのものの手触りに近い。「くだらないものが輝きを増える」という認識の転換は、失恋の痛みを美化するのではなく、世界との向き合い方そのものを静かに更新する。月を見上げる理由が「誰かに会えたかも」という期待から「見とれていたから」という純粋な事実へと変わる瞬間、この曲は恋愛の物語を超える。あなたが昨夜、月を見たかどうか——この曲を聴き終えた後、その問いが意味を変えて浮かび上がってくる。

LISTENERS

この曲が刺さる
3人の架空リスナー

あなたの曲は、こういう人に届きうる。

#1

尾形 誠司(おがた せいじ)

29歳・地方の印刷会社グラフィックデザイナー

仕事終わりの22時過ぎ、自転車で帰る途中に信号待ちで空を見上げた。最近イヤホン片方しか耳に入れない日が増えて、今日もそのまま走っていたら、Spotifyの「夜の邦ロック」プレイリストから流れてきた。片耳だけで聴いた「また会えなかった」という声が、なぜか止まれなくて、コンビニの駐輪場で自転車を止めたまま最後まで聴いてしまった。缶コーヒーを買うつもりだったのを忘れていた。

好きなアーティスト
ASIAN KUNG-FU GENERATION / フジファブリック / ストレイテナー / Weezer / 緑黄色社会
普段見るメディア
ROCKIN'ON JAPAN(Web版) / オールナイトニッポン(ポッドキャスト) / YouTube「THE FIRST TAKE」 / Spotify公式プレイリスト
好きなコンテンツ
SLAM DUNK(漫画) / 映画『あの頃。』 / よつばと!(漫画) / アニメ『四月は君の嘘』

この曲は彼にとって、月を見上げる理由を思い出させてくれるお守りだ。プレイリスト名は「信号待ちで止まった夜」。

#2

中村 彩音(なかむら あやね)

23歳・大学院生(文学研究科・近代日本文学専攻)

卒論の下書きを深夜まで書いていて、集中が切れたタイミングでXを開いたら「この曲やばい」というポストが流れてきた。イヤホンをつけ忘れたままスマホのスピーカーで小さく流すと、ちょうど窓の外に半月が見えて、思わず原稿のウィンドウを最小化した。「また会えなかった」という出だしで、去年の夏に片思いのまま終わった話を急に思い出して、カップラーメンのお湯を注ぎながら泣きそうになった。

好きなアーティスト
キタニタツヤ / never young beach / tricot / The Pillows / YOASOBI
普段見るメディア
文学フリマWebサイト / ゆる言語学ラジオ(YouTube) / Webメディア「QuickJapan」 / NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」(見逃し配信)
好きなコンテンツ
映画『花束みたいな恋をした』 / 小説『蹴りたい背中』 / 漫画『チェンソーマン』 / ゲーム『UNDERTALE』

この曲は彼女にとって、感情に言葉をくれた夜の記録だ。プレイリスト名は「文章が書けない夜に流すやつ」。

#3

松本 健太(まつもと けんた)

36歳・中学校体育教師

週末に子どもを公園に連れて行って、帰りの車の中で子どもが寝落ちした後、コンビニに寄った駐車場でエンジンを切れずにいた。Apple Musicのおすすめで流れてきたこの曲を、起こすのが申し訳なくて、ボリュームを最小にして聴いていた。サビの声の張り上がり方が、自分が高校生の時にバンドを組んでいた頃を思い出させて、ハンドルを握ったまま少し遠い目をしてしまった。

好きなアーティスト
BUMP OF CHICKEN / 10-FEET / King Gnu / Jimmy Eat World / エルレガーデン
普段見るメディア
音楽ナタリー / ラジオ「SCHOOL OF LOCK!」(車内) / YouTube「KKBOX JAPAN」 / X(音楽クラスタ観測)
好きなコンテンツ
漫画『スラムダンク』 / アニメ『鬼滅の刃』 / 映画『リンダ リンダ リンダ』 / ゲーム『あつまれ どうぶつの森』

この曲は彼にとって、バンドをやっていた自分がまだ死んでいないと確かめる一曲だ。プレイリスト名は「子どもが寝た後の車の中」。

SHARE

シェアすると +1曲 使えるようになります

UNLOCK

他の曲も批評を受けてみませんか?

メールアドレスを登録すると、毎月5曲まで音楽批評ノートを使えるようになります。

※ 登録特典として、カラオケ配信サービス KaraGo の1000円OFFクーポンもお届けします。
※ 音楽活動に役立つ KaraGo メールマガジンに登録されます(解除はいつでも可能です)。

OUTLET

この曲、カラオケにも入れられます

KaraGo なら、あなたの曲を全国約5,000店の JOYSOUND で歌えるようになります。

KaraGo を見てみる →

YOUR TURN

あなたの曲は、どんな批評になる?

自分の曲をレビューしてもらう →
「月」/ Dexter Head ─ 月と嘘と、朝へ渡る者たちへ | 音楽批評ノート