ONGAKU HIHYO NOTE

自我の冬を越える、儀式の歌

音楽批評ノートMIDNIGHTVOL.927

寒い夜の自我像あしもす

自我の冬を越える、儀式の歌

和の音韻とダークアンビエントが交差する地点で、一つの魂が己と対峙する。「寒い夜の自我像」は、喧騒を遮断し、聴き手を深い内省の回廊へと誘う。それは音楽というより、祈りに近い何かだ。

琴や三味線を想起させる撥弦楽器の反復するメロディが冒頭から空気を塗り替える。その下には大地を踏みしめるような打楽器が脈打ち、ゆったりとした歩みの中に抗いがたい重力を生む。背後では幽玄な弦が空間を満たし、フルート系の息遣いが霞のように漂う。金属質なチャイムの響きが随所に差し込まれ、神社の境内か、あるいは北欧の祭礼の夜を思わせる厳粛さを演出する。ボーカルは間を置いてから訪れ、澄んだ芯を持つ声が伝統的な節回しで歌い上げる。その歌唱は詠唱と叙情の中間に立ち、荘厳なインストゥルメンタルの土台に人間の温度を吹き込む。プロダクションは広大な音像を作りながら、どこか原始的な素朴さを手放さない。ハイファイでありながら土の匂いがする、稀有な音作りだ。

この曲を聴いていると、脳裏に浮かぶのは深夜の神社の参道ではなく、もっと個人的な「儀式」の場面だ。布団の中で目が冴えたまま天井を見つめる夜。眠れない理由を言語化できないまま、ただ時間だけが過ぎていく感覚。「寒い夜の自我像」というタイトルは、そういう夜に鏡の前で自分の顔を見つめる行為そのものを指しているように思える。鏡に映った自分が、果たして本当の自分なのかどうかわからなくなる瞬間の、あの薄ら寒い感触。Lisa GerrardとDead Can Danceが1990年代に切り開いた「人類の記憶の底に眠る音楽」という方法論と、この曲は確かに同じ水脈に繋がっている。しかし「あしもす」の選んだ言語は英語でも架空のラテン語でもなく、日本語の古層に近い音だ。その選択が、普遍的な儀式性に「固有の哀愁」をまとわりつかせる。

歌詞の断片に「魂の願う事」というフレーズがある。この一言が、楽曲全体の核心を貫いている気がしてならない。魂が「願う」のであって、頭が「考える」のではない。理性的な言語では捉えられない何かを求めて、夜の内側へ降りていく。Wardunaがノルウェーのルーン文字の呪術性を音楽に変換したように、この曲は日本語の古い響きが持つ呪性を意図的に召喚しているのではないか。「たづら」という言葉は現代の日常語からは遠い。しかしその遠さがかえって、普段は意識しない「己の深部」への回路を開く。わからないからこそ、身体が先に反応する。意味を追う前に、音と声が肌に染み込んでくる。この「理解できないのに身体が動かされる」感覚こそが、呪術的な音楽の本質であり、この曲が持つ最大の武器だ。

久石譲が映画という外部の文脈から解放されたとき、何を書くだろうかと、この曲を聴きながら考えた。おそらく近い何かに辿り着くのではないか。ただし「あしもす」の音には、映画音楽的な「物語への奉仕」がない。この音楽は誰かの物語を補完するために存在していない。それ自体が完結した宇宙だ。聴き手は感情移入する「主人公」を与えられない。その代わり、音の中に放り込まれ、自分自身の内側と直接向き合うことを強いられる。悲しみや諦念、そして静かな強さが混在するこのムードは、北原白秋や折口信夫が詩に込めた「うつろいの美」と響き合う。喪失を嘆くのではなく、喪失を抱えたまま立っていること。それを称える音楽だ。

「寒い夜の自我像」は、聴き手に何かを与えようとしない。慰めも、答えも、高揚感も差し出さない。ただ、夜の深さに付き合ってくれる。己を疑いながら、それでも魂が何かを願い続けるという、人間の最も孤独な営みを、音楽という形で静かに肯定する。この曲が必要な人は、音楽を「楽しむ」ためではなく「生き延びるため」に聴く人だ。眠れない夜に、消えない問いを抱えたまま、それでも朝を待っている人。そういう人の耳に、この音はしずかに届く。派手な宣伝も、バイラルヒットも似合わない。口づてに、夜から夜へと渡っていく曲だと思う。

LISTENERS

この曲が刺さる
3人の架空リスナー

あなたの曲は、こういう人に届きうる。

#1

栗田 誠一(くりた せいいち)

47歳・中学校美術教師

三連休の最終夜、採点を終えた後にデスクランプだけつけた薄暗い自室で、最近めっきり開かなくなったアナログ盤を棚の前で眺めていた。何となくYouTubeで「雅楽 アンビエント」と検索したとき、関連動画にこの曲が流れてきた。再生ボタンを押してすぐ、手が止まった。何か大切なものをずっと忘れていた気がして、そのまま画面を暗くして最後まで聴き通した。

好きなアーティスト
Wardruna / 喜多郎 / 坂本龍一 / 沢井忠夫 / Dead Can Dance
普段見るメディア
NHK Eテレ「日曜美術館」 / BRUTUS / radiko(NHK-FM) / ほぼ日刊イトイ新聞
好きなコンテンツ
もののけ姫 / 鬼滅の刃 / 谷崎潤一郎「細雪」 / 大河ドラマ「光る君へ」

この曲は彼にとって、自分が美術を教え続けている理由を静かに思い出させてくれる一曲だ。深夜のプレイリスト名は「消えない問い」。

#2

藤岡 澪(ふじおか みお)

29歳・ゲーム会社サウンドデザイナー(アシスタント)

残業続きでイヤホンをつけたまま会社を出て、気がついたら最寄り駅を乗り過ごしていた夜に、スマホのサジェストで流れてきた。ゲームのBGMを仕事で聴きすぎているせいか、最近は「物語のない音楽」にひどく飢えていた。この曲のどこにもゲームのUIを想像させる音がなく、ただ夜の中に立っているような感覚がして、そのまま折り返しの電車でも止められなかった。

好きなアーティスト
Lisa Gerrard / YOASOBI / Arca / 中島みゆき / Grouper
普段見るメディア
Pitchfork(Web) / NHKラジオ第2「音楽の泉」 / CINRA / YouTube(映画サントラ比較チャンネル)
好きなコンテンツ
攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX / Elden Ring / 村上春樹「ノルウェイの森」 / 映画「ミッドサマー」

仕事で触れる「計算された音」の外側に、まだこんな音があると確認するための曲。プレイリスト名は「設計されていない夜」。

#3

吉澤 房子(よしざわ ふさこ)

54歳・図書館司書

娘が独立して一人暮らしになってから、夕食後の静かさが以前より長く感じるようになった。ある夜、食器を洗い終えてふと手を止めたとき、つけっぱなしのラジオの隙間から似たような音楽が聞こえた気がしてXで検索したのがきっかけだった。コンビニに寄った帰りに駐車場でエンジンを切った後、車内でもう一度だけ聴き返した。暗い窓ガラスに映る自分の顔が、どこか遠くの誰かに見えた。

好きなアーティスト
喜多郎 / 久石譲 / さだまさし / 中島みゆき / 宮沢賢治ゆかりの音楽
普段見るメディア
NHK「らじるらじる」 / 暮らしの手帖 / 日経新聞文化面 / NHKオンデマンド
好きなコンテンツ
大河ドラマ全般 / 映画「もののけ姫」 / 司馬遼太郎「竜馬がゆく」 / 鬼滅の刃(アニメ)

この曲は、静かな夜に自分という人間の輪郭を確かめるためのお守りだ。プレイリスト名は「ひとりの夜に、ちゃんといる」。

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