ONGAKU HIHYO NOTE

鳥かごの中の雨、沈まない声

音楽批評ノートMIDNIGHTVOL.906

CanariaSONALIO

鳥かごの中の雨、沈まない声

街ごと沈めていく雨の中に、一羽の鳥の泣き声が聴こえる。喪失と諦念を纏いながら、それでも「たとえ嘘でも」と呟く声は、悲しみの底から微かな光を掬い上げようとしている。帰れない場所への執着と、帰らないことを選んだ者の静かな決意が、美しく共鳴する一曲だ。

静謐な鍵盤の和音から始まるこの曲は、最初の数秒で聴き手の時間の流れを変えてしまう。クリーントーンのアルペジオがその静寂に溶け込み、やがてリズム隊が加わると、楽曲は穏やかな推進力を帯びながら奥行きを増していく。ドリームポップとシューゲイザーの語法を下敷きにしながら、J-Rockの情感豊かな叙情性がそこに重なる構造で、透明感のある声には深いリバーブが施され、空間そのものに染みこむような浮遊感を生んでいる。楽曲の中盤以降、歪みを帯びたサウンドが立ち上がると、それまで抑制されていた感情が一気に堰を切り、クライマックスでは雄弁なメロディが鳴り響く。全体を通してクリアでありながら暖かみのある音像にまとめられており、過剰な処理を排したことで、各音が本来の息吹を保っている。

曲のタイトル「Canaria」は、歌詞の核心に直結している。鳥かごの中のカナリアは古来、炭鉱での毒ガス検知に使われた命がけの存在だ。危険を知らせるために泣き、それゆえに最初に死ぬ。この曲の語り手もまた、誰かの安全のために感受性を引き受け、誰よりも早く傷ついてしまった存在として描かれているのではないか。傾いた鳥かごというイメージは、もはやその場所が機能を失いつつあることを示唆し、カナリアが泣いているのは警告でも嘆きでもなく、単純に「もうここには居られない」という予感なのかもしれない。悲鳴ではなく、静かな呟きとして。

「帰れない」という言葉の反復が、この曲に独特の磁場を生んでいる。帰れないのは、場所が変わってしまったからか、自分が変わってしまったからか、あるいは最初から存在しなかった場所への幻想だったからか。Cocteau Twinsが1980年代に切り拓いた「意味を手放した声」の美学とは逆に、この曲の声はあくまで意味に執着し続ける。水浸しになって読めなくなった本の比喩が示すように、かつて確かに存在した物語が滲んで消えていく恐怖。それでも語り手は、結末を知ろうとする行為そのものを手放せない。

「たとえ嘘でも」「たとえ夢でも」という反転の論理は、この曲を単純な悲歌から救い出している。The xxが2010年前後に体現したような、親密さと距離感の同居するアンビバレンスと通ずるものがここにある。偽りであると知りながら、それを信じることで生き延びてきた時間があった。そのことへの後悔ではなく、ある種の肯定として。キノコ帝国が「東京」という地名に詰め込んだような、逃げ場のない場所への複雑な愛着が、この曲では「沈む街」という形で繰り返される。沈んでいくのに、それでも街と一緒に沈もうとする引力があることを、この曲は隠そうとしない。

雨が降り続ける夜、街が沈んでいく映像を反復するこの曲は、出口を提示しない。帰れない場所への執着も、偽りを信じることの葛藤も、すべてを解決せずに最後の一行まで連れていく。それがこの曲の誠実さだ。慰めを歌わず、答えを出さず、ただ「雨が降る」という事実を繰り返すことで、聴き手の中に既にある感情を映し出す鏡として機能する。癒しではなく、共鳴。この曲が必要とされるとき、そこには必ず「帰れない」と感じている誰かがいる。そしてその誰かは、カナリアがまだ泣いているということに、奇妙な安堵を覚えるだろう。

LISTENERS

この曲が刺さる
3人の架空リスナー

あなたの曲は、こういう人に届きうる。

#1

藤村 朔(ふじむら さく)

27歳・Webデザイナー(フリーランス)

深夜1時過ぎ、クライアントへの修正対応をようやく終えてデスクチェアに深く背を預けた瞬間、作業用BGMとして流していたプレイリストからこの曲が流れてきた。モニターの輝度を下げるのを忘れていて、画面の白い光だけが部屋を照らしていた。窓の外を見ると、いつの間にか雨が降り始めていて、それに気づいたのは曲が終わってからだった。最近、イヤホンをつけ忘れたままスピーカーで聴くことが増えた気がする、と何となく思った。

好きなアーティスト
Lucie,too / 君島大空 / 中村佳穂 / Hana Vu / 羊文学
普段見るメディア
CINRA / NHK-FM「ミュージックライン」 / YouTubeチャンネル「The Lunar Estates」 / Quick Japan Web
好きなコンテンツ
『夜は短し歩けよ乙女』(森見登美彦) / 映画『ロスト・イン・トランスレーション』 / 漫画『チ。―地球の運動について―』 / ゲーム『Coffee Talk』

この曲は彼にとって、締め切りの夜が終わった後に一人で聴く「静止」の音楽だ。プレイリスト名は「雨が降るまで気づかなかった夜」。

#2

西尾 真帆(にしお まほ)

23歳・大学院生(社会学専攻)

実家から仕送りされてきた段ボールを開けたとき、高校時代の文集が出てきた。パラパラとめくりながら、もう連絡を取っていない名前をいくつか見つけて、そのままスマホでサジェストされていたこの曲を再生した。コンビニ寄った帰りにまだコートを着込んでいた三月の夜で、部屋が少し寒かった。歌詞の意味を確認しようとスクロールしかけて、途中でやめた。わからなくても、十分だと思ったから。

好きなアーティスト
YOASOBI / ずっと真夜中でいいのに。 / シャムキャッツ / Soccer Mommy / Never Young Beach
普段見るメディア
Spotify「On Repeat」 / NHKラジオ第1「らじるラボ」 / YouTubeチャンネル「ピアノ弾いてみた系まとめ」 / note(フォロー中の文筆家数人)
好きなコンテンツ
アニメ『四月は君の嘘』 / 映画『花束みたいな恋をした』 / 小説『蜜蜂と遠雷』 / Netflix『フリーバッグ』

この曲は彼女にとって、会いたいけれど連絡できない人のことを思う30分に寄り添う曲だ。プレイリストの名前はまだ決めていない。

#3

岩本 隆史(いわもと たかし)

41歳・中学校音楽教師

部活の顧問を終えて職員室に戻り、鞄に荷物を詰めながらイヤホンを片耳だけつけた。Spotifyのニューリリース欄をスクロールしていて、ジャケットのトーンが気になってタップした。そのまま自転車で帰宅する15分間、途中でやんでいたはずの雨がまた降り出して、カッパのフードを後から頭に被った。家のポストの前でエンジン代わりの惰性を殺して立ち止まり、曲が終わるまでそこにいた。中学生のとき初めて買ったCDを久しぶりに思い出した。

好きなアーティスト
スピッツ / くるり / My Bloody Valentine / サニーデイ・サービス / King Gnu
普段見るメディア
J-WAVE「SONAR MUSIC」 / 雑誌『音楽と人』 / YouTubeチャンネル「ヨルシカ公式」 / X(音楽系アカウント数件をリスト管理)
好きなコンテンツ
漫画『BLUE GIANT』 / 映画『ボヘミアン・ラプソディ』 / アニメ『SHIROBAKO』 / 小説『蹴りたい背中』

この曲は彼にとって、20年前に好きだった音楽が今もまだ生きていると確認できる証明だ。プレイリスト名は「雨の日にだけ開く引き出し」。

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